なぜ温泉津でWATOWAをつくったのか?
WATOWA代表 近江雅子さん。2013年に江津出身の家族と共に東京からUターン。2017年にゲストハウス『湯るり』をスタートさせて以来、温泉津にさまざまな宿泊施設をオープン。2022年に法人化。
ー活動が続けてこられた理由は何ですか?
温泉津は豊かな自然や素晴らしい温泉がある町ですが、町の成長に一番大切なのは人々なんだと思います。
温かいというか、熱心な人々がたくさんいる町なのではないでしょうか。
だから、観光で訪れる人々が温泉津の人々に触れる機会があることで、懐かしい気持ちになったり、自分にもできるかもしれないという気持ちになってほしいということが、今の活動に繋がっていると思っています。
地元の方々が熱心だからこそ、周囲もその雰囲気に巻き込まれていく感じかもしれません。
志を持った人々が温泉津には集まっているんです。
ー熱心な人とはどんな人ですか?
小川さんですかね。
小川さんは、有限会社小川商店という会社の現社長で、温泉津で生まれ育ちました。
県外で仕事をしていた時期もあったそうですが、後に地元に戻り、小川商店という会社を猪の津で運営し、スーパーやガソリンスタンド、公共事業など様々な事業を手がけています。
また、温泉津の温泉事業や花火大会、夏祭りなども、ボランティアのメンバーと共に運営しています。
小川さんはリーダーシップがあるんです。
人々を引っ張る存在がいるので、多くの人々が協力して祭りを運営しています。
私たちが温泉津に来た際も、小川さんが最初に声をかけてくださり、地元の集まりに参加させていただきました。
夏祭りの準備や草刈り、会場設営など、さまざまな活動に参加することで、地域に溶け込むきっかけを感じました。
地元の人々と一緒に活動しながら、地域に貢献できることを実感していく中で、私たち自身も何か新しい可能性を感じていくことがありました。
私はその関係性がどれだけ影響しているのかはわかりませんが、湯るりを始めた動機は、この素敵な町に惹かれたからです。
ー温泉津の魅力について教えてください
温泉津の魅力は、とことん「田舎」なところです。
逆に中途半端な田舎というのは、大型スーパーやコンビニがあり、住みやすい環境が整い、便利な部分もあるんですよね。
とことん田舎な温泉津の「不便さ」は、人々の絆を育む要因になっているのだと思います。
温泉津はコンビニがなければスーパーも早い時間に閉まってしまいますから、お互いに助け合わざるを得ない状況が生まれることもあります。
例えば、漁師さんが魚をとれたらそれを分け合ったり、近所の方が野菜を収穫したらそれをシェアしたりすることがよくあります。
普段の生活であまりお金を使わない町だなと感じますし、実際お金を使う場所が限られているため、みんながお互いに手を貸し合って、共に生活している様子が印象的です。
また、この地域の美しい自然や食材の豊富さについても感銘を受けました。
周囲の環境で育まれた食材を使った料理は、本当に美味しいですよね。
普段は食材を買う際、スーパーマーケットで手に入るものだと思っていましたが、ここでは自然界での生育が当たり前なのですね。
地域の豊かさや自然の恵みを感じることで、価値観が見直され、新しい価値が見出されるのだと思います。
ー人によっては「便利な方がいい」という意見もありそうですが
便利な環境に慣れてくると、何が本当に大切なのか見失ってしまうことがあります。
私たちが東京にいた頃は、歩いて5分のところにコンビニがあり、それに慣れてしまっていました。
こちらに来て、コンビニがないことに最初は驚きましたが、よく考えてみるとコンビニに行っていたのは何のためだったのでしょうか…。
今まであったものがないことで不安に感じただけで、実際にはそこまで必要ないことに気づくことができました。
むしろ、シンプルな生活でも十分に満足できるということに気付かされました。
大型スーパーでたくさんの品物が並んでいなくても、地元の野菜や海の幸を使って、少しの調味料で充分に生活できることがわかりました。
そんな風に、ここに1週間滞在すれば、浄化されるような気分が味わえるかもしれません。
ーゲストハウスを始めてどんな変化がありましたか?
以前の温泉津は、旅館が唯一の宿泊先で、中長期滞在よりも一泊の観光客が多かったような印象があります。
客層も60代や70代の夫婦など、余裕のある層が中心で、旅館のサービスを楽しむ人々が中心です。
しかし、2017年に「湯るり」を始めてからは、一人旅の若い世代が気軽に訪れるようになり、様々な話が交わされる機会も増えました。
「ゆるり」は2、3泊の中長期滞在が可能なので、旅人がこの地域の生活をじっくり体験できるようになったんです。
温泉津が温泉地として栄えていた頃の観光では、夕方に来て朝に帰るというスタイルが主流だったかもしれませんが、中長期滞在では、1泊では得られない、本当の意味で温泉津を体験することができます。
「湯るり」をつくって、暮らしを感じる機会を多く体験することが、温泉津ならではの観光スタイルだと感じました。旅人が地域の一員として受け入れられている感覚が得られると思います。
また、宿が増えたことで、異なった価値観を持つ人々が集まり始めたと思います。
現在は、WATOWAのプロジェクトに地域住民が関わることで、新しい観光の在り方がこの地域に根付いてきはじめているように感じます。
ー「UMITO」「Kazeto」「HÏSOM 湯里」が最近オープンしましたね
温泉津にとって、中長期の滞在がより重要な要素になることは確かです。
これらの宿ができたことで、温泉津に新たな風をもたらすきっかけとなったと思います。
こうした宿泊施設の登場により、これまで温泉津に訪れていなかった人たちが、起業研修やリトリートといった形で滞在することができるようになりました。
滞在を通じて、新たな気づきが生まれたり、再訪したい場所として定着することを期待しています。
例えば、「今回は起業研修で来たけれど、次回は家族と一緒に来よう」「以前は一人で来たけれど、今度は友達と一緒に」と思ってもらえるように。
ー宿の名前の由来について教えてください
「UMITO」は、その人自身の選択次第で異なる意味を持たせられると思ってつけました。
海と一緒に何をするかは、その人次第です。
「海と読書」「海と遊ぶ」「海と自然とつながる」など、様々な解釈があると思います。
海は人々の心を包み込むような存在であり、そこに自分自身と向き合う時間を持ってもらいたいという想いが込められています。
「Kazeto」というのは、様々な新しい人たちがやってきて、新しい挑戦を助けるような風を吹かせる、いわば後押しのようなものですね。
ここから出発して、新たな風を世界に送り込むというイメージです。
新しい人々がやってくることで新たな風を吹かせていく、その意味合いにこだわって名付けました。
ここは湾になっていて、比較的穏やかな海辺ですが、冬の荒れ狂う日本海も見応えがあります。
人生には穏やかな時だけでなく、荒波もつきものですが、そうした挑戦を受け入れつつ過ごすことも、人生の一部。まだ始まったばかりで、たくさんやるべきことがあると感じています。
ー「WATOWA」と「温泉津」のこれからについて今の考えを聞かせてください
この地域には1300年の歴史があり、温泉や大切なものが存在していると思います。
先人たちが守り続けてきた貴重な要素がありますが、それに気づく人々が集まり、訪れる人々にもその大切な価値を伝え、そしてこれからも引き継いでいきたいという想いを持っています。
WATOWAのパートナーシップの広がりについてはまだこれからですが、ここでの取り組みを広めていきたいです。
かつての暮らしは、森の実りや資源に囲まれ、その宝物を大切にしながら長い年月を過ごしてきました。
ところが、今は何故かコンビニがないと不安になるような時代に急変しています。
それにもかかわらず、私たちはこうした昔ながらの価値観や暮らしを経験する場を持つことができ、新しい生き方を見つけられています。
これは大都市では難しいことであり、ここにしかないものです。
そうした大切な過去の価値観を保護しながらも、新しい方法やアプローチを模索することができる場が、ここなのです。
過去、温泉津に滞在した人が、また戻ってきてくれるのは、この場所に何か特別なものを感じているからでははないでしょうか。
便利さを求めていた時代は終わりを迎え「本当に大切なものって何なんだろう」と考える人々が増えてきている気がします。
ー最後にメッセージをお願いします
温泉津にやってきて、なんて素晴らしい田舎なのだろうと思いました。
人に よってはコンビニや大型スーパーがないことに不安を感じる方もいらっ しゃるかもしれませんが、ご近所の方にいただく野菜や、新鮮な魚介が お腹だけでなく心も満たしてくれるのです。
ある意味で「おせっかい」 と言われる繋がりが、この町の豊かさであり何よりの魅力です。
中長期滞在ができるようにすることで、温泉津に住んでいる人たちの当 たり前を感じ、まるで暮らしているかのように過ごしていただきたいと 思いました。
WATOWA が作るのはただの観光や移住ではありません。
プレイヤーを増やすきっかけを作り、この土地でお 金を稼げるようにな仕組みを作ることで、温泉 津の文化を守り、育んでいきたいと思います。